長崎大学歯学部同窓会創立15周年記念学術講演会

 シンポジウム
「むし歯予防に対するフッ素応用」

長崎大学医学部長
斎藤 寛 先生

 [略歴]  
昭和38年 東北大学医学部卒業
昭和43年 東北大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)
昭和45年 東北大学助手(医学部第二内科)
昭和53年 環境庁国立公害研究所環境保健部室長
昭和58年 長崎大学教授(医学部衛生学)
平成10年 長崎大学医学部長
  現在に至る

 [学会活動]
・環境庁イタイイタイ病研究班委員
・環境庁ダイオキシン問題検討委員会委員
・日本腎臓学会評議員
・日本衛生学会評議員
・日本公衆衛生学会評議員

 [社会活動]
・長崎県建築審査会委員
・長崎県医療審議会委員
・平成3〜4年の2年間、毎週金曜日午後7時〜7時30分テレビ長崎トーク生番組 「アダム&イブニング」のキャスターを勤める
・平成10年11月から長崎新聞にコラム「大学の窓から」を連載し、大学、研究、健康などのエッセイを発表し現在に至る

 [抄録]
 わが国の公衆衛生上の問題で私にとって不思議でならないことが一つある。それは「むし歯予防に対するフッ素応用」に関するわが国の現状である。
 今世紀はじめからアメリカ合衆国のEagar博士、McKay博士、Dean博士らによる飲料水中のフッ素濃度とむし歯有病状況に関する仕事は世界の疫学研究の歴史に残るすばらしい業績である。私はまた同時に、この疫学的知見をもとに飲料水フッ素添加を承認したアメリカ合衆国公衆衛生局やグランドラピッド市の態度(科学的に正しいと認められたとき、これをシステム化して国民全体に恩恵が及ぶようにする健康政策の決定)に敬意をはらっている。
 私は大学医学部卒業後の16年間を東北大学病院で内科臨床医(腎臓学専攻)として過ごし、この間に手がけていた中毒性腎障害(重金属、薬剤など)の仕事が縁となって、臨床から離れ環境医学(重金属中毒学)・衛生学(予防医学)に転じて20年を越えた。この間に地域保健を学ぶなかで無歯顎が高齢者の健康の質に非常にマイナスの影響を及ぼしていることを知った。高齢者から無歯顎をなくす第一の方法はいうまでもなく年少者のむし歯予防である。
 新潟県の「むし歯半減10か年運動」は県市町村行政当局、地元歯科医師会、大学の連携のもとにフッ素塗布とフッ素洗口を中心とするむし歯予防事業であるが、ここであげた成果 は第二次世界大戦後のわが国の学校保健の最大の成果といっても過言ではない。なぜ、この運動がほかの地域に広がらないのであろう?何が普及を妨げているのであろう?
 財政基盤が崩壊して、支払いが不可能になってきている国民医療費のなかで、疾患別 支出の第一位は歯科診療費である。このように、高齢者のクオリテイオブライフ低下の大きな要因となり、かつ医療費の面 でも大きな問題となっていて、今や歯科保健は国民のもっと大きな健康上の問題となっているのに「歯の健康を守る事業」が国の具体的な政策が打ち出されず、お題目にとどまっているのは何故なのだろう?
 地域および学校歯科保健に熱心に取り組んでおられる長崎市内の開業歯科医のおひとりに「先生が学校歯科医をしている小学校でフッ素洗口ができませんか?」とお尋ねしたことがある。「フッ素は有毒だと信じ込んでいるお母さんがいて歯科医師だけでは説得が難しい、また学校医の協力と理解を得られないことも多い」というお返事であった。
 むし歯予防、ひいては無歯顎者を減少させることは高齢社会における国民の健康水準向上の必須条件である。換言すれば「健康に関して専門性を持つ」と任ずるすべての組織が連携して対処すべき問題である。日本歯科医師会は「むし歯予防に対するフッ素応用」、とくに「水道水フッ素化」に対してどのようにお考えなのだろうか。