平成10年度第1回学術講演会 |
平成10年11月15日(土)、長崎大学歯学部5階第一講義室にて、平成10年度の学術講演会を行いました。受講者は、62名でした。講師には、東京都新宿区にてご開業の染谷成一郎先生をお招きし、「パーシャルデンチャーの謎を解く 〜パーシャルデンチャー解剖 パーシャルデンチャーで生涯を終えるには〜」という演題でご講演いただきました。
義歯の大家であられる染谷先生の御講演は、私たちの日々の臨床にきわめて実り多きものでした。早朝より夕刻まで5時間に及ぶ講演であり、限られた紙面
ではすべてをご紹介できませんが、印象深い先生の言葉をキーワードとして、今回の講演を振り返ってみたいと思います。
キーワードその1.“具合のよい義歯”
「入れたとき感じのいい入れ歯というのは、使っていて具合がよいじゃなくて、入れた当日邪魔にならない。私はそれを目指しています。入れた当日が勝負です。慣れろと言う要素を残さない。」
「具合のよい義歯、邪魔にならない義歯とは、歯医者的な目で見てどこにポイントがあるかというと、1)歯牙の同時接触(残存歯と人工歯)、2)鉤が適合している、3)印象、4)鉤の設計、5)床の設計、6)舌面
形態、7)クラスプなどの形、だいたいこの辺をクリアすればうまくいくなって気がします。対応して、患者の立場になってみてみると、1)高くない、2)締められた感じがしない、3)粘膜にぴったり合っている、4)幅ったくない(頬)、5)邪魔にならない(舌)、6)気にならない(頬、舌)となるとおもいます。」
「とにかく高いまま帰さない。患者が受付に行って予約を取って帰る頃には高い感じがなくなっているように。印象は原則的に静圧印象で、咬座印象はおこないません。」
「‘締められた感じがしない’ためには、クラスプはコンビネーションクラスプ(リジットサポート)。クラスプは締めてはいけない、ガイドプレーンという方向性を与えることによって維持椀は歯面
にさわるだけでひっかかってきます。」
キーワードその2.“もっとも大切なのはガイドプレーン”(クラスプ設計のポイント)
「適切なクラスプ設計の必要条件は以下です。関根先生よりいただきました。
支持(support)−レスト
安定(bracing)−レスト・その他
維持(retention)
相反固定(reciprocation) 拮抗作用
歯周180°以上を覆う 歯体保定
受動性(passivity) 安静時に力がかからない」
「上の3つは今までの両椀鉤と同じです。下の3つ。一番問題(大切)なのがreciprocation。」
「R(レスト)部を隣接面板にこだわらず舌側をまくように広く拡大したら、I(Iバー)部が‘I’の形にこだわらずに‘T’字型でもいいし、またレストを1歯前の歯(欠損部に隣接する歯よりさらに近心側の歯)に動かすことも可能になりました。歯列の中の近心レストという発想ができるようになって、義歯の回転軸も害の少ないところに持っていくことが可能になりました。」
「RPIの中でもっとも大切なのはガイドプレーンです。これをいかに上手に歯列の中で設定できるかです。これがきちんとできれば義歯の予後はよい。義歯で鉤歯が抜けるケースがなくなりました。」
キーワードその3.“なにを基準にして床縁を決定するか?”(下顎床縁、床外形)
「私は自分なりの床縁を設定する基準を見つけてからは、模型だけで十分床縁を描けるようになりました。」
「ここ40年の私の発想の原点は模型で床縁が読めないだろうか?ということでした。」
下顎の義歯床縁の設定は具体的にはどのようにすればいいのでしょうか?
「外斜線は模型でも見えます。パッドの外側4.5mmのところにわずかに骨隆がみられます。パッドの終わるちょっと前付近から骨の出っ張りが見えてきて何とはなしに膨らんできます。模型を動かしながら見ると見えます。よくわからなかったら口の中でパッドの横、指1本ぐらいをさぐるとわかる。頬側の床縁のラインは、まずパッドを覆う。パッドの根本までパッドを囲む。パッドを越えたら外斜線の骨稜が見えるところまで素直な方向に線を延ばす。頬側の床縁のラインは外斜線を越える2mmのところで外斜線に平行に走ります。頬小帯をさける。最終的に外斜線を越えるか越えないかはあと口腔内で調整します。削って床縁を短くすることは簡単ですが、短い床縁を口腔内で延長するのは難しい。
舌側は、内斜線を見いだすのは簡単です。パッドの根本の一番くびれるところから必ず始まります。筋(顎舌骨筋)の付着部で見えなくなる。印象がよく採れてなかったら指で探る。舌側の床縁は内斜線を2mm越えます。骨稜に床縁がくると必ずDULをつくるから、内斜線を越えて床縁を設定する。一番のポイントは内斜線の出発点を見つけること。内斜線のリッジの方向は9割近くパッドの下から歯槽頂線と平行です。」
印象採得ではどういうところに気をつけたらいいのでしょうか?
「下顎の印象はトレーを入れるときの要領一つです。トレーの入れ方と、患者の舌の動かし方、逃がし方で採れます。私は、印象用の床にも歯列の代わりの顎堤を必ずつけるようにしています。そうしないと辺縁が変わってくる。舌と頬がそれに寄り添った状態で初めて床の厚みと長さがでてくるのです。ただし咬座印象は採りません。印象は印象、咬合採得は咬合採得として別
個に採ります。」
床の形態、人工歯の排列位置は?
「基本的に残存歯のあるところは頬側に床つけません。できれば舌側もつけたくない。開放型にして唾液の環流もよくしたい。残存歯のあるところの頬側の顎堤の膨らみがあるからこそ、口唇と頬との協調作用がうまくいくのです。」
「7の遠心端は粘膜が寄ってきています。8の頬側は開口時には粘膜に包まれてブラッシングは不可能です。絶対うまくプラークコントロールできないところです。」
「67付近の頬粘膜の形と舌の形をよく見てください。頬棚はとにかくのばせばいい、それじゃ邪魔っけでしょうがない。」
「後方臼歯部の頬側舌側粘膜の張りはフィットチェッカーをもちいてチェックします。」
キーワードその4.“人間を相手にする”
講演の中で染谷先生は、歯科は“人間を相手にする”仕事であると、幾度も強調しました。
「クラスプの設計は患者の口腔機能にあった設計をこころがけてください。」
「床の破損(破折)を避けるために金属床にする、鉤歯を連結固定する、リベースする、こんな発想は過去のものです。‘人間より補綴物が大切’という考え方です。義歯の横揺れでクラスプが開く。そしたらクラスプをしめる。しかし、義歯の横揺れの本当の原因は咬合にあるのです。」
「新しくするんじゃなくて、修理してずっと使ってもらう、患者さんと長くつきあうために大切だなと思います。」
「歯列を回復してやる。結果的に咬める。最近そう思っています。」
![]() |
広報 小山善哉
|